スピリチュアルって新興宗教なんだと思っちゃだめですか

 今テレビでスピリチュアルの特集がやっててふと思ったから書くけど、何なんだろうね。スピリチュアルって。内容見てても催眠術か新興宗教の類といったいどういった違いがあるのだろうって思ってしまう。
 普通の宗教じゃだめなのかね。普通のキリスト教やら仏教やらイスラム教だって、人の尊厳とか命の大切さとかを根本的には説いているわけだし。
 昔でも今でも人間には悩みがつき物だろうしそういう悩みを抱えてた人って少なからずいると思う。で、そういう現実世界の理不尽な生活の中で出てくる悩みを肩代わりするものって、たぶん昔なら仏教とか神道みたいなものでよかったんだよ。たぶん。そしてそれは文化や地域に根ざしたものだった、言い換えれば宗教が集団の持ち物であったゆえに、個人には選択の余地がなかった、つまり生まれたときの環境によって左右されるものであった。だからなおさら自分の信仰なんて生活の一部ないし空気みたいなものだったと思う。宗教が道徳観や倫理観、価値規範さえつかさどっていたぐらいだし。しかもそれが世代を通して代々受け継がれてきた。墓参りとか。
 つまりは今までの宗教=社会そのものってことなんじゃないのかなと思う。
 だから宗教における教団なんてものはメンバーにとっては仲間として意味を成すものかもしれないけど、その宗教全体から見ればほんの受付でしかない。
 しかし日本では宗教で結びついたコミュニティの崩壊がやってくる。集団の持ち物であった宗教の結束力が弱まっていく。その中で、人々の生活の多様化、個人化が進んだことが日本を無宗教化たらしめた一因となっていると思う。宗教の持つ文化的地域的背景や、それをよりどころにした価値規範や道徳観倫理観から、いい意味でも悪い意味でも解き放たれた人々は、いったい何を心のよりどころにしたらいいのかわからない状態となってしまう。そこにスピリチュアルや、新興宗教がやってくる。
 偏見かもしれないけど新興宗教って教団がメインでしょ。で基本的には悩みを抱えた個人が後天的にその宗教を選択する。だから信仰は一代限りなのよね。文化規範、生活の一部、空気みたいな存在の宗教じゃなくて、救いを求めることを第一義とした宗教、個人の持ち物と化してしまった宗教が、新興宗教のようなものであり、それがうさんくささの源泉である一方、ある意味時代の要請にマッチしているともいえる。で、なんかスピリチュアルもその範疇に入ってるような気がしてならない。
 
 ようは

世代を通して集団の持ち物であった宗教−教義、文化的な背景=バカ一代の個人の持ち物である宗教としてのスピリチュアル=宗教バカ一代=バカ
 
 ってことでいいの?
 
 
 ここまで半分やけくそで書いてみたけどまったくまとまらなかった。宗教と新興宗教の話がメインになってスピリチュアルと新興宗教の違いが結局わからなかった。スピリチュアルのほうがもっとやんわりしてるのかな。後々暇があったら考える。あ、ちなみに僕は超仏教徒ですよ。
 
 んで余談だけど、なんで女の人ばかりがはまるんだろうね。女の人が占いにはまるのと同じ構造なのだろうか。*1

*1:子供はそのバカ一代についていけなかったりすることが往々にしてある。そしてさすがにバカは言い過ぎた。ごめんなさいごめんなさい。