ニコニコ動画で生身の人間を元ネタにしたMADがでにくい理由

 更新遅くなりました・・。
 民主党党首である小沢さんのニコ動内で行われた政見放送とそれをもとネタにしたMAD、奈良県平群町のいわゆる「騒音おばさん」の報道が元ネタのMADがこの1週間で立て続けに上げられた。このような、実際の人間の映像を使ったMADを見ていて、もちろん面白くて笑っちゃうんだけれど、その後に来る感情として、なんとなくいたたまれない気持ちになったのは僕だけだろうか。遊戯王やらのMADを見ているのとはわけが違いすぎる気がする。
 その理由は元ネタが生身の人間だからではないからだろうかとふと考えた。生身の人間ということはそこにその人のアイデンティティやら尊厳みたいなものがどうしても介在してくる。それを面白おかしく編集して遊戯王やらのアニメ的2次元的なノリでみんな(自分を含め)笑っているって言う状況がいたたまれないのだ。なんだか面白いんだけれども素直に笑えないというか。アニメをいじるのとはまた重みが違う気がするし、アニメなら笑っても後ろめたさが無い。だから生身の人間ネタは上がりにくいんだと思うし、そういう他人を傷つけちゃいけないな的な意識は実はみんなちゃんと持っていて、だからこそアニメネタのほうが必然的にアップされやすいしアニメネタのほうが必然的に見られやすいんだと思う。
 今日は隙だらけの理論になってしまった気がする。