全力で叩いて間違ってたのなら、全力で謝るべきだろ

 大阪・梅田で会社員の鈴木源太郎さん(30)が車にはねられ、約3キロ引きずられて死亡した事件で、インターネットの掲示板で犯人扱いされ、顔写真まで掲載された被害者の男性(23)が6日、「つらいっすよ。なんか陰険すぎますね」と心境を語った。

 5日午前、インターネット掲示板2ちゃんねる」に、この男性が吉田容疑者だという誤報が流された。男性が約2年前に勤務していた大阪・梅田のホスト時代の源氏名と顔写真の画像、さらには携帯電話の番号にメールアドレスまでがさらされた。

 午後2時頃、男性が携帯電話をチェックすると、非通知着信が約50件に、知らないアドレスのメールが約30件。「殺人鬼は死刑になれ」「死んでわびろ」といった誹謗(ひぼう)中傷の内容だった。

 現在は大阪市内のショットバー店長を務める男性は、同店オーナーから「ネット上に画像を載っけられて犯人扱いされている」と知らされ、驚いたという。

 男性は「やってないことで非難され、気持ち的に落ちてくるし…」とやり場のない怒りを感じている様子だった。

 俺はいつかこういうことが起こると思ってたんだよね。最近炎上やら晒しやらやたら目に付いてて、まぁそれも2chにはつき物みたいなもんだからなぁとか思ってたんだけど、今回ばかりはひどいな。
 2chでこのスレについてたコメントも大概ひどい。「ひどいなお前ら」「あやまっとけよ」「晒した奴が死んでわびろ」系はまだいいんだけどさ、基本的には我関せずな雰囲気が漂ってるんだよね。
 叩くときには2ちゃんねらーを挙げて総力戦!の様相を呈しているようなもんだが、それが一転、相手が冤罪だと分かると「いやー2chって本当にひどいとこだよねー^^」「インターネットってひどいねー^^」ってそんな簡単に手のひら返せるのか?って思った。それはさすがにひどいだろう。
 なんかもうそうやって都合のいいときだけ群がってる2ちゃんねらーの野次馬根性あるいは飯うま根性が心底いやだね、俺は。
 全力で群がるのは大いに結構だ。が、何故謝るときには全力で謝れないのか。
 匿名性に覆われた空間では、日常じゃいえない事をずばずば言ってしまうのはもはや仕方が無いことかもしれない。けどだからといってそれを確信犯的に他人を糾弾、炎上させる道具に使ってるだけだと、匿名性の持つ危うさをかえってマスコミやら何やらに糾弾されて2chねらーの地位をさらに貶めることにつながりかねないことぐらいわかるだろうに。
 もうひとつ言うと、今回のように炎上の矛先が「個人」に向かってる状況って言うのはやっぱりいたたまれない。権力のあるマスコミやら既存のエスタブリッシュメントにたてつくために、批判を展開するのならいくらか建設的だと思うけど、「個人」に向かった時点でそれはリンチじゃん、って思うのよ。で、その「個人」が悪いことをしたのが明らかな状況だ、ってならまだ溜飲も下がるかもしれないけれど、今回みたいに勝手に勘違いされて勝手に罵詈雑言の限りを尽くされて、挙句には我関せずな態度、っていうのはあまりにもいたたまれない。
 繰り返しになるが、匿名性の持つ力を確信犯的に他人を糾弾、炎上させる道具に使ってるだけだと、2chねらー自らの首を絞めることにつながりかねない。
 数年前だったか、折鶴を折って平和記念公園に寄付しようって言うオフがあったと思うんだけど、最近そういったオフをめったに見かけなくなった。それぐらいの誠意でもって今回の被害者には謝ることが必要だと思う。
 全力で叩いて間違ってたのだから、全力で謝る。そりゃもう叩いてたときと同じぐらいかそれ以上のエネルギーを費やして謝るべきだ。それが、人間としての筋なんじゃないの? 
 あるいは2chねらーはすでに群集化してしまって制御できないものなんだろうか。
 そんなことをぶつくさいいながら今日も2chを見る俺。